ベイシス興論

BIM/CIMから6Dへ。インフラ管理はどう変わるか?

ゲスト 大阪大学大学院工学研究科 環境エネルギー工学専攻 教授 矢吹信喜先生
ベイシス興論 第2回

BIM/CIMから6Dへ。インフラ管理はどう変わるか? 

 

※「ベイシス興論」は代表・石川雄章がゲストを招いて、インフラとITの融合をテーマに語る対談です

インタビュー映像

第1章 BIM/CIMは今春から本格適用へ

第2章 BIM/CIM導入の課題は?

第3章 BIM/CIMは4D,5D,6Dへ。持続可能な社会を目指して

対談

40年前の3次元CADとの出合い。そしてBIM/CIMは4月から本格適用へ

石川 今日は矢吹先生が長年取り組まれているBIM/CIMのこれまでの経緯、今後どんな方向に進んでいくのかを伺えればと思っています。まず、初めて3次元モデルに取り組まれた当時のことを今どのようにとらえているのか、お聞かせください。

矢吹先生(以下敬称略) 私が土木の世界に関与し始めたのは、もう40年も前で、大学卒業後すぐに電源開発株式会社に入社し、土木部設計室に配属されました。その当時は発注者であるにもかかわらず、会社の中に設計部門があって建設コンサルタントと同じように、ドラフターで図面を描いて技術計算、解析、数量計算等を行って、それを請負付託の図面として発注するという仕事をしていました。設計だから頭を使う仕事なのかと思っていたら、大半の仕事は単純作業で、主に等高線で断面を切ったり、数量計算でプラニメーターという機械をぐるぐる回して面積を求めたりなど、頭をほとんど使わない仕事が多かったのです。

その当時、晴海でCAD/CAMショーが開催され、それを見に行きました。そうしたら3次元CADというものがあって、自動車産業や航空機産業は、これを使って設計し、製造にまで使っていることを知りました。これが土木でも使えたらいいなと思ったのが、最初のきっかけです。

私の上司が「CADとはいったい何だ」と聞いてきたので、「CADとはこういうものです」と説明したら、「面白い」となり、トントン拍子でその2年後に導入することになりました。土木分野では恐らく世界で初めて、3次元CADを本格的に導入して使い始めたのではないかと思います。

その後人事異動があり、現場に行くなどしましたが、どうしてもCADを忘れられなくて、本格的に学ぶためにはアメリカに行かなければと思い込み、スタンフォード大学に留学し、いろいろ勉強してきました。戻ってきたら、もうCADをやらなくていいということになっていて、違う仕事もしましたが、やはりどうしてもCADを極めたくて、何年かしてから会社を辞めて室蘭工業大学へ行き、それからずっとCADに関わってきました。

その間に目指していたことは、実は40年前に考えていたこととそれほど大きくは変わりません。基本的には、設計者、施工者、そして維持管理をする人たちが、3次元のモデルをライフサイクルを通じてみんなで共有しながら事業を進め、そうすることで、ミスが減り、単純作業ではなく頭を使う仕事にもっと時間を割くことが可能になり、お互いに意見を出し合うことで最適な設計ができ、さらに維持管理の面では長く、安く、メンテナンスができる、そういうことを実現したいと思っていたのです。

2012年に国土交通省がCIMという言葉で同様の取り組みを始め、私も当初から関与しました。2016年には3つあった検討会を統合して、CIM導入推進委員会が発足し、その委員長になりました。その後、CIMという言葉だとどうしても施工だけととらえられてしまう、また海外ではBIMと呼んでいる、とはいえCIMという名称を捨てるわけにもいかない、ということで、2018年に国交省はBIM/CIMと呼ぶと決め、BIM/CIM推進委員会と名称変更して今に至っています。

そして今年の4月からいよいよ、国交省が発注する小規模を除く土木の工事については、詳細設計と施工は原則BIM/CIMを適用することになりました。推進委員会は産官学が一体となってスムーズに導入し、皆さんがBIM/CIMを使ってよかったと思えるようにしたいと考えています。

 

BIM/CIM導入の課題は、設計・施工・維持管理の分離、フェーズ間のデータマネジメントの難しさ、そして人材不足

石川 先生から見て、BIM/CIMを推進していく上で、何がこれから課題になるとお考えでしょうか。

矢吹 いくつかの課題があります。まず、BIM/CIMの効果はフロントローディングとコンカレントエンジニアリングを行うことで発揮できます。フロントローディングとは、長い設計期間をぐっと前倒しにすることです。前倒しするときに、今までは調査から始まって基本設計、詳細設計、生産設計、施工設計とフェーズごとにばらばらに進めていたものを同時進行でやる、それがコンカレントエンジニアリングです。この2つを実行する必要があります。そして、そのためには契約の方法に踏み込んでいかざるをえなくなります。

民間の建築工事だと、デザインビルド方式(設計・施工一括発注方式)が比較的頻繁に採用されているので、施工業者が設計を行うことにそれほどアレルギーはありません。しかし、公共工事の場合は設計・施工分離発注方式が原則になっているため、設計と施工を一緒にするとなると、特に国の工事の場合には相当な抵抗感があって、建設コンサルタントもそれなりに抵抗をしてきます。そのような状況を今後どのように解決していくかが課題としてあげられます。設計と施工がはっきり分かれている今の状況だと、設計でせっかくつくった3次元のBIM/CIMモデルが、施工でうまく生かされないということになります。これがまず一つ目の課題です。

2つ目は、せっかく施工でBIM/CIMモデルをつくっても、それが維持管理で使われなければ、設計と施工の分離と同じように、施工と維持管理の分離という問題が起こることです。

これに対応するために、COBie(コービー)というデータフォーマットがあり、イギリスやアメリカではもう既に、国が発注する建築工事についてはCOBieが義務化されています。しかし日本では、民間の建築でも使われていません。

その理由は、用語の問題なのです。COBieで一番大切なのはBIMモデルの属性情報と呼ばれるものです。BIM/CIMでは、単に3次元にするだけではなく、梁、柱、ドア、窓などの各オブジェクトに属性情報が付随しています。それらをうまくまとめて維持管理に使いやすくしたものがCOBieなのですが、活用するためには、属性の用語の標準化が必須なのです。アメリカやイギリスでは、オムニクラス、ユニフォーマットなどのコード体系を独自に開発して標準化しているため、用語のぶれ・揺れがほとんどありません。

ところが、日本の場合、土木、建築の用語は多岐にわたっていて、職人が使う言葉と技術者が使う言葉と一般の人が使う言葉で、呼び方、書き方、用法も全部違ってしまっているというのが現状です。日本版COBieをつくったとしても、用語の統一ができていないために広まらないということもありえます。そういったフェーズ間のデータのトランスファー、データマネジメントに大きな課題があって、私は今、その解決に取り組みつつあります。

石川 BIM/CIMを使いこなす人材がいるかどうかも大きなテーマだと考えています。矢吹先生がボランタリーにオープンな研修会を行っていると聞いたのですが、人材育成の取り組みはどのようになっているのですか。

矢吹 おっしゃる通り、BIM/CIMを推進していく中でもう一つの大きな課題は、ソフトを使いこなせる人材が極端に少ないことです。これを解消するためには、やはり地道に、全国でハンズオンの講座を実施し、試験を行って、一人でも人材を増やしていくことが重要だと思い、そのための活動を続けています。

私は2016年から大阪大学と、CUG(一般社団法人 Civilユーザ会)という団体の協力を得て、CIM塾を開催しています。2022年の9月から公益財団法人日本建設情報技術センターが、BIM/CIM技術者養成講座を始めることになり、私も講師の一人として参画しています。今、順調に講座を開き試験を行って、初級の認定を始めています。順次、中級・上級の講座も始め、資格試験を行って、資格が取得できるようにしていきます。

https://www.jcitc.or.jp/bimcim_training_seminar/

BIM/CIMは4D、5D、6Dへと発展

石川 今後活用する方々が増え、技術の進化と相まって、BIM/CIMが有効に使われる時代が来るのではと思うのですが、先生の目標としては、何年くらいでBIM/CIMは社会的に一般化していくとお考えでしょうか。

矢吹 最初に答えから言うと、私は10年でかなりのところまでいくと思っています。と言うと、皆さんすごくびっくりされるのですが、ちょうど10年前の2012年に国交省がCIMを始めたとき、大勢の人たちがどうせあんなものは失敗するに違いないと陰で言っていたのです。私はそれに対して、いや、必ずこれは成功しますと主張しました。その理由として、製造の分野はもう既に何十年も前から導入している、さらに日本以外の国は導入している、あとは歴史の必然、という3つをあげました。

今ここまで進んできて、しかも、インフラDXということで、官民をあげてデジタライゼーションに取り組んでいることからも、この流れが止まることはないと思っています。あとはもう方向性と進めていくという意志があれば、必ず成功すると思います。過去10年間の進捗から見て、もうあと10年経てばそこそこ満足できるレベルに到達できるのではないでしょうか。私が最初にCADに出合ってから約50年、半世紀経ってようやく実現するということです。

石川 いわゆる4D、5D、あるいは6Dについて、これからどのようになっていくとお考えでしょうか。

矢吹 3Dに時間軸を足したのが4Dで、さらにコストの軸を加えたのが5D、それにカーボンエミッション、温室効果ガスの排出を加えたのが6Dです。世界にとって、6Dの実現が、カーボンニュートラルのための喫緊の課題であると思っています。そのためにはいくつかのハードルを越えなければいけないのですが、それは研究者たちの努力によって克服できると確信しています。克服しなければカーボンニュートラルは実現できないので、ぜひ取り組んでいきたいと思っています。

石川 4Dはいろいろな意味で実現性が高いのだろうと思っているのですが、6D、カーボンニュートラルになるとかなりハードルが高く、やるべきことが数多くあると思います。6D実現のためには、どのような道筋があるのでしょうか。

矢吹 6Dを目指す上でハードルになっているのがデータに対するアクセスです。3Dとか4Dのレベルであれば、自社でモデルをつくって、固定のソフトと連動させることで実現できます。要するに、自社あるいはいくつかのグループ内で完結できるのです。

ところが、6Dになると事情は違ってきます。例えば建設機械がある工事をしたときに、どれだけのCO2が出ているのかを算定しようとすると、石油がどこでつくられて、それがどういう経路で運ばれてきて、それを運搬するのにどれだけのカーボンエミッションがあったのか、算定しないといけない。かつその機械がある工事で動くことによって、どれだけの負荷がかかって、石油の使用量がどれだけなのかも計算しなくてはなりません。さらに、機械そのもののライフサイクルも考慮しないといけません。機械の寿命が20年ぐらいだとすると、そのうちの2~3年しかその場所では使わないので、そのライフサイクルの中でどれだけカーボンエミッションしているのかということまで考えます。このように、さまざまなファクターを考えなくてはなりません。機械をオペレートする人がいて、その人が出すCO2もあるわけです。いろいろなものがリンクしていて、それがさらに外側に向かってどんどんリンクしているというイメージになります。どこかでデータが得られないと、リンクの先が切れてしまって、その先は不明ということになってしまいます。入れるべきデータが得られないと、せっかく仕組みができたとしても、結局算定したカーボンエミッションの量がアバウトなものになってしまいます。そういう危険性があります。

私は、ITの時代ですから、できるだけデータをオープンにすることが重要だと考えます。最近、特に国はデジタル庁もできて、要請されればそれなりの処理をした上でデータを公開します、という方向になってきました。その動きをもっと推進していき、ある程度のセキュリティーは必要ですが、データにアクセスしやすい、しかも人間の手をあまりかけずにアクセスできるようにしていくことが、まず克服すべきことではないかと思っています。

6D、そして持続可能な社会を目指して

石川 i-Constructionにおいても、今まで人がやってきたために、手間も時間もコストもかかっていたことが、技術の力で解決されてきました。それは建設の合理化や効率化、生産性の向上を目指していたのですが、実はカーボンニュートラルという目標設定にも応用できて、持続可能な社会につながっていくのだと思います。そのためには、矢吹先生がおっしゃるように、データをどう扱うのか、どうやって反映するのか、そういった仕組みをつくることが重要です。

ステークホルダーも多いですし、何か法律で決めれば動くというわけでもないような気もします。考えただけでも道のりが大変そうだと思います。

矢吹 私はつまるところ、環境問題を皆さんがどうとらえるかに行き着くと思います。環境に配慮すると結局もうからないし、かえって手間だというネガティブなことばかりを考えて、あまり協力しないようにしよう、と大勢の人たちが思っている国は、恐らく環境問題で失敗するだろうと思います。そのしっぺ返しが、ものすごく大きな形で返ってくる可能性があります。だからこそ、宗教を変えるぐらいの覚悟で、人々の意識を変えていかないといけないと思っています。

環境問題は軽い問題ではない、人類が、皆さんが住んでいるところに住めなくなってしまいますよ、ということを共有することが重要だと思います。そういった意味で、広報活動はとても大切なのです。

最近、土木構造物の維持管理の大切さが、ようやく国民の間で共有されるようになりました。笹子トンネルの事故が大きな発端になりましたが、事故があったからだけでなく、その後みんながインフラの点検・維持管理は必要だと思うようになって、心が一つの方向に向いてきたからではないかと思います。

環境問題も同じことです。今はみんなバラバラの方向を向いているかもしれませんが、我々はこれをやる必要があるんだということを正しく唱えて、賛同者を一人でも増やしていく。そういった動きを小さいところから、だんだんだんだん大きくして、指数関数的に大きくしていきたいと思っています。

石川 私も全く同感です。実際にこれだけ雨の降り方が変わり、いろいろな災害が起きて、明らかにこれは環境問題であり、その動きはこれからどんどん加速してしまうでしょう。だから、この問題を自分事としてどうとらえて、自分ができることは何なのかを考えていかなければと思います。環境問題・社会問題に積極的な企業への投資(ESG投資)や、温室効果ガスの排出権取引(キャップ・アンド・トレード)など、環境問題への取り組みも整ってきているので、それをインフラの分野においても取り入れて、進めていくことが重要だと思います。

カーボンニュートラルについて、土木の分野ではどんな方向でどんな取り組みが効果的か、アイデアやお考えをお聞かせください。

矢吹 やはり、カーボンニュートラルのためには6Dの研究開発を進めることが大事だと思っています。6Dのアイデアそのものは、かなり前から欧米で提案をされているのですが、実務に使えるレベルにまではなっていないのです。

6Dは、先ほど言いましたようにステークホルダーが非常に多く、彼らはデータを出したがらないというジレンマ、高いハードルがあります。そこを乗り越えていくには、研究開発のため、なおかつ国が推進しているんだと訴え、必要性を十分に皆さんに理解してもらうことが重要だと思っています。

一方、5Dについては自社で完結してできるのですが、コストがブラックボックスになっていて、積算ソフトだけではありきたりの計算しかできない。本当のところいくらかかっているのかは、協力会社、あるいはその協力会社の下請け会社の人しかわかっていないわけです。そこまでブレークダウンしていくことが、5Dでは必要です。難しさを感じながらも、施工業者の皆さんと協力しながら取り組みを始めているところです。

石川 矢吹先生が今見ておられる未来が、世界が直面する環境問題への日本からの貢献につながればいいと感じます。どこか一つの企業が率先して、あるいは国が音頭をとれば全部動くという話ではなく、まさに産学が連携して、できうれば国土交通省やそのほかの役所も巻き込みながら大きな流れができていくと、良い形になるのではと思います。

特にインフラの場合には関連する産業も多いですし、地域に密着したいろいろな活動を行っていますので、そういうモデルをつくるには適した場なのではと思っています。先生の研究は5Dまでは進んでいるとのことですので、我々も先生に協力し、勉強しながら6Dの実現に貢献できればと感じました。本日はありがとうございました。

矢吹信喜(やぶきのぶよし)先生プロフィル

大阪大学大学院工学研究科 環境エネルギー工学専攻 教授。国土交通省 BIM/CIM推進委員会 委員長。

 

 

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